大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和28年(オ)1219号 判決 1956年10月09日

大分県西国東郡高田町大字高田八九二番地

上告人

竹内円

右訴訟代理人弁護士

和智昂

和智龍一

武井正雄

大分県西国東郡高田町大字玉津字中島六番地

被上告人

明石太郎

同県同郡同町玉津八五一番地

明石スミ

同所同番地

明石真典

同所同番地

明石典久

同所同番地

明石久子

右真典、典久、久子の法定代理人親権者母

明石光子

大分県西国東郡高田町玉津六番地の一

被上告人

明石賢道

同県同郡同町大字佐野一一八五番地

山田六枝

同県同郡同町大字界一〇六六番地

佐藤八枝

同県同郡田原村大字沓掛一七一八番地の一

柳静雄

右当事者間の家屋明渡並びに更正登記手続その他請求事件について、福岡高等裁判所が昭和二八年八月一九日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告申立があつた。よつて当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人和智昂、同和智龍一、同武井正雄の上告理由について。

原審の確定した事実によれば、本件増築部分が建物としての独立性を有しないこと明らかであつて、この点に関する原審の判断は正当である。論旨一は、本件増築部分は、物理的構造において独立の建物であるというが、所論は畢竟原審の認定に副わない事実を基礎とするものであつて、上告適法の理由とはならない。論旨二は、本件増築部分は経済的効用において独立性を有するというが、仮に本件増築部分が所論の如く独立の建物と同一なる経済上の効用を全うすることを得るとしても、増築部分を除いては、本件建物の既設部分が経済上の独立性を失うに至るべきことは、原判文上自ら明らかであつて、このような場合には、なお本件増築部分を以て独立の建物となすをえないのである。論旨三は、本件増築部分は取引の目的物としても独立性を有するといい、その部分につき、保存登記がなされ、かつ抵当権の設定登記がなされたことは所論のとおりであるけれども、本来独立の建物としての適格性を有しないものが、登記だけでその適格性を具備するに至る道理なく、従つて所論登記があるからといつて、その部分が常に独立性を有するとは限らないのである。所論はいずれも採用し難い。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 垂水克己 裁判官 島保 裁判官 小林俊三)

昭和二八年(オ)第一二一九号

上告人 竹内円

被上告人 明石太郎

外八名

上告代理人和智昂、同和智龍一、同武井正雄の上告理由

原判決は法令の解釈適用を誤り且つ大審院判例に違反している。而かもこの法令の解釈適用の誤りは判決に影響を及ぼすものである。

原判決は「……柱廊下を共通にして之を区分する何等の障壁がないのみならず、既設部分に便所湯殿の施設がなくして増築部分に階上階下各一ケ所物置湯殿台所が施設されその他全体の間取り並に既設建物の客室とこれらのものとの連絡状態や設備の関係からみても増築部分は全く既設部分に従属し之を離れては経済上独立の効用を有しないものといはざるを得ない」

として……「本件に於ける既設部分と増築部分との間には前記認定の如く何等の障壁も存しないのであるから客観的には一個の建物であり増築部分からいえば既設部分への従属性並に部分性なる性格が払拭されていない。即ち客観的な独立性を有しない」として控訴を棄却した。

然し乍ら民法第八六条の解釈として建物の箇数に付昭和七年六月九日大審院第一民事部は「建物も亦物件の目的物として取引の対象となる以上其の箇数を定むるに当り取引上の性質を無視し得ざるは勿論の次第にして取引或は利用の目的物として観察したる建物の状態の如きも亦其の箇数を定むるに付重要なる資料たるものと云ふべし而して此等の状態を判定するが為には或は其の周囲の建物との接着の程度連絡の設備四辺の状況等の客観的事情を参酌するは素より或は之を建築し所有する者の意思の如き主観的事情をも考察するを必要とするものにして単に建物の物理的構造のみに依りて之を判断すべきものにあらず」と判決しているので、原判決は右判例に違反するものである。

左にその理由を述べる

一、本件建物は物理的構造に於ても独立の建物である。

なるほど本件建物には既設建物との間に障壁がないことは判示の通りであるが元来両建物は別棟として建築せられ勿論柱も別々に立てられている。唯廊下を共通にしておるだけである。

しかし之は本件建物に設けられた一部の設備である便所湯殿等を既設建物より利用するために両建物の柱と柱との間を廊下を以つてつないだものである。このために両建物間に於て利用上の連絡はあるにしても建物本来の物理的構造に於て両建物が各独立した性格を失はしめるものではない。

両建物間に截然と障壁を設けなかつたのは障壁を設くることが困難なことに因るのでもなければ又之に過分の費用を要するからでもなく唯建築当初より利用上の便利のためそうしたものである。更に上告人に於て競落後も引続き明石実の懇請によつて同人に賃貸し同人に於て他の部分と一括して使用しておつたからである。今日に於て両建物間に障壁を設くることは極めて容易である。又本件建物及既設建物の内部の改造も決して困難ではないのである。

現在使用者の利便のため両建物を廊下を以て連絡してその間に障壁を設けなかつたからといつて直に両建物の独立性を否認することはできない。恐らく何人と雖も接触した両個の建物を共に使用する場合はそうすることが便利であれば両建物を連絡させて使用するであらう。

か様な場合両建物を連絡させた一事を以ていづれか一方の建物は独立性を失うものと速断することは出来ない。これは建物の使用の態様によつて如何様とも自由に変更さるゝものである。建物の独立性の問題でなく、寧ろ使用者の使用状態である。

二、本件建物は経済的効用に於ても独立性を有するものである。

大審院昭和五年(オ)第二七一三号事件の昭和六年四月一五日民事第三部の判決によれば「一棟の建物に付区分所有権を有することを得るはその区分せられたる各部分が独立の建物と同一なる経済上の効力を全うすることを得る場合に限るものにしてその部分が他の部分と併合するに非ざれば建物としての効力を生ずること能はざる場合には一個の所有権のみを有し各部分に付区分所有権を認むることが出来ない」旨判示されているが本件建物についてその経済的効用を考えてみると本件建物は一階に六帖一間二階に六帖二間の各居室がある。その他炊事場、浴室、便所、物置等があつて本件建物自体として独立家屋として使用するに何等の支障はない。即ち右判決に所謂独立の建物と同一なる経済上の効用を全うすることを得る場合に該当するものであること極めて明白である。

尤も本件建物の一部設備たる便所湯殿等を既設建物側より利用しておることは判示の通りであるが之は既設建物の間取りの関係上本件建物を利用しておるに過ぎないものでその共同利用関係は決して本件建物の経済上効用の独立性を害するものではない。

凡そ建物は住居或は宿屋としての経済的効用を全うする為の総有設備を綜合完備していることを要するものでなく居室は居室として物置は物置として又便所は便所として炊事場は炊事場としてそれぞれの効用を設えておれば之の建物の態容が客観的に独立性を有する限り一個の建物として認められるものである。

原判決はもつとも増築部分が既設物件の構成物でなくして附属建物である場合にこれを独立の建物として登記した場合にはその所有者の意思どおりこれを独立の建物とすることができないでもない』

といつておるが、或る建物が独立の建物であるか附属建物であるかは現在の使用状態のみに着眼して決せらるべきものではない。

二個の建物が相近接し同一人によつて使用さるゝ場合に之を連絡させることも又いづれの建物を主とし、いづれの建物を従として使用するかといふことも使用者の自由である。左様な場合に連絡させたことによつて二個の不動産が一個となり、又使用方法の主従を変更することによつてその建物が不動産としての性格が消滅したり、発生したりする筈はない。

建物の使用方法は使用者の考へによつて如何様にも変更し得る。即ち建物は現在の使用状態が如何様であろうとも又、将来如何様に変更されようとも使用状態如何に不拘独立の不動産としての性格を保有すべきものである。

換言すれば使用状態の変更によつて判例に所謂建物の経済的効用に影響を及ぼさないのである。

建物が独立した不動産として認めらる最小限度の要素は大審院判決にある通り屋根瓦を葺き荒壁を塗り終る程度の構造であつて床、天井を張る必要はないのである。(大審院昭和一〇年(オ)第七五二号事件、同年十月一日民二判)建物は内部造作なくとも建物として取引の目的となり得るのであるし、又事実上取引されているのである。

要するに建物の独立性は家屋として使用に適するかどうか延いては不動産として取引され得る性質を有しているか否かによつて定まるのである。

建物が右の性質を有しさへすれば縦断的に区分しようと横断的に区分しようと、又区分されたものを平面的に連絡しようと立体的に連絡しようと独立の建物として所有権を認められるのである。原判決の様に使用上の従属性からのみ観察すれば常に他に従属して使用される離れ屋、物置、倉庫等は独立建物として登記しても絶対に独立の建物となり得ない訳である。(実際上これらの建物が独立の建物として登記せられ独立して取引されていることは公知の事実である。)

原判決が本件建物に付現在の使用状態より判断して既設建物に対する従属性ありと判断したのは建物の使用状態と経済的効用の観念を混同し結局判例に所謂経済的効用の解釈を誤つたものである。

本件建物の様に別棟として従来の建物の前に新に建築した建物について保存登記をした場合は単に附属建物を独立建物として登記した場合よりも尚一層独立性を認めるに容易である。

本件建物が既設建物に接近し偶々その施設の一部を既設建物の利用に供しておる事情があつたとしても本件建物の本質的なる独立性を否定することはできないのである。

三、本件建物は取引の目的物としても独立性を有している。

昭和三年十二月七日本件建物に付柳静雄が保存登記としたこと、同年同月十一日上告人に対する明石実の金四百五十円の債務の担保として抵当設定契約及その登記をしたこと、昭和五年七月一日丸山光治郎のため金千八百円の抵当権設定契約及その登記をしたこと、昭和八年十二月六日上告人が競落により本件建物に付所有権取得の登記がなされたことは当事者間に争がない。

か様に所有者たる柳に於て独立の建物として保存登記をなし更に之に抵当権を設定しておるものであればその意思に於て独立した取引の目的物として取扱つて来たものであることは明瞭である。

而して右抵当権に基く競売手続に於て本件建物の評価鑑定人に於ても独立の経済的効用あるものとして(尤も障壁を設け内部改造をするに必要な費用を見込んで)評価したもので勿論建物そのまゝの状態に於て独立して取引の目的物となり得ると認めたものである。又実際上に於て使用上連絡ある両個の建物の一つをそのまゝの状態に於て取引されておることは公知の事実である。

所有者に於て独立の建物として取引する意思を以て独立の保存登記をなし現に之に抵当権を設定した事実があるに於ては取引上はその建物を独立の建物として認定するに十分である。

か様な場合当事者の意思に反して単に使用上の利便のため両建物間に障壁を設けなかつた一事に拘泥して独立所有権を否認するならば建物が果して家屋として使用に適するやを確め且つその登記簿まで検し独立の建物と信じ取引をした者まで所有権その他の物権を取得し得ず或は不知の間に之を失うことになり回復すべからざる損害を蒙るに至り不動産としての建物の取引は実に不安となり経済的效用を損うことになるであろう。

若し上告人に於て競落後直ちに本件建物の障壁を設けたならば本件の様な問題は起らなかつた筈であるが被上告人方の先代明石実の窮状に同情しその懇請を容れて同人に賃貸し引続き使用せしめたばかりに本件に於て被上告人等よりまことに信義則に反した抗弁を受くるに至つたものである。之は所謂禁反言の原則に反するものであり認容さるべきものではない。

原判決の判示の如くならば誠実なる上告人に果して如何なる救済手段が残されているであらうか。

全く上告人は法の保護の埓外に放棄されているものといはねばならない社会に斯様な不合理なことは有り得ぬと思ふ。

上述の様に本件建物は物理的構造よりするも又経済的効用の観念よりするも将又取引上の当事者の意思及社会通念よりするも完全に独立した一個の不動産と認むべきものである。

然るに原裁判所が本件建物が既設建物との間に現在障壁が設けられていないことを以て本件建物に所有権を認めなかつたことは畢竟原裁判所が民法第八十六条若しくは第二〇八条の解釈適用を誤つたものといはねばならない。

而してこの法令解釈適用の誤りは前掲各判例に違反すること明であるから原判決を破毀し更に相当なる御裁判あらんことを求める次第である。

以上

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